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大阪高等裁判所 昭和28年(く)30号 決定 1953年11月16日

申立人 被告人 木戸駒次郎

弁護人 柏原武夫 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、京都地方裁判所第四刑事部は、被告人木戸駒次郎に対する同裁判所昭和二十七年(わ)第一〇九一号横領被告事件及び昭和二十八年(わ)第七〇号詐欺被告事件において、抗告人の為した裁判官忌避申立につき昭和二十八年七月六日その申立却下の決定をした。しかし、原決定は次の如き理由で取消を免れない。

即ち(一)原決定は、米岡弁護人の本件裁判官忌避申立につき、「先ず米岡弁護人の本件申立の適否について考えるに、同弁護人が主任弁護人以外の弁護人であることは、昭和二十八年五月十九日附の主任弁護人変更届によつて明らかであるから、申立等をするに当つては、刑事訴訟規則第二十五条第二項によつて裁判官の許可を得なければならないのである。然るに同弁護人は本件申立をするについて裁判官の許可を得ていないことが明らかであるから、本件申立は不適法というべく、刑事訴訟法第二十四第一項に則り同弁護人の本件申立を却下するの外はないというのであるが、これは刑事訴訟規則第二十五条第二項を全く誤解したものである。同条は刑事訴訟法第三十四条に基礎を置く規定であつて、主任弁護人以外の弁護人は裁判官の許可がなければ申立、請求、質問、尋問又は陳述することができないという意味は、専ら当該被告事件について当該裁判官の審判の対象となつている事実に関して弁護人が被告人のために前記申立等の行為に出る場合を指しているのであつて、同条にいう「申立」はこの当該被告事件に関する範囲に限られているのである、従つて、審判の対象とは全く無関係であり、利害相反する当該裁判官自体を当該裁判から排除する裁判官忌避の申立が同条にいう「申立」はこの当該被告事件に関する範囲に限られているのである、従つて、審判の対象とは全く無関係であり、利害相反する当該裁判官自体を当該裁判から排除する裁判官忌避の申立が同条にいう「申立」に包含されていないことは自明の理である。同条但し書を見るに「証拠物の謄写の許可の請求、裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本の交付の請求及び公判期日において証拠調が終つた後にする意見の陳述については、この限りでない」とあることより推して、同条の「申立」の意味は当該被告事件そのものに関するもののみを対象としていることを特に留意する必要がある。同条により当該被告事件とは全く無関係である裁判官の忌避申立は、刑事訴訟法第二十一条同規則第九条に基く独立の「申立」であつて、規則第二十五条第二項の「申立」に当らないことは極めて明白である。即ち、攻撃する者が相手方即ち被攻撃者の許可を得なければならないとすれば被攻撃者が攻撃者に対し許可を与えるという情理上期待できないことを要求することになるし、又「許可」そのものの文理解釋からするも利害相反する者の許可を得ようというのはむじゆんである。従つて、主任弁護人以外の弁護人が裁判官忌避の申立をするについて忌避される裁判官の許可を要しないことは明らかである。然るに原決定は「申立」の解釈を誤り、規則第二十五条第二項の「申立」に全く無関係な裁判官忌避の申立も同項にいう「申立」に含まれるものと解釈をしたものであるから、その違法であることもちろんである。

次に、(二)原決定は、申立人等の忌避申立理由の第一である「小田裁判官は、本件被告人の京都地方裁判所昭和二十七年(わ)第一〇九一号横領被告事件及び同二十八年(わ)第七〇号詐欺被告事件の第一回公判期日(昭和二十八年二月十日)において、次回期日を指定しようとした、際弁護人上西喜代治が事案が複雑であるので、意見として、『福井事件(同裁判所昭和二十八(わ)第三六号詐欺被告事件のこと)について、大橋弁護人と打合せをしたいと思いますので、一個月程先に期日を指定されたい』旨申し述べたところ、同裁判官は『こんな、事件を三年も四年も延ばしているんだが、こんなにかかる道理がない。こちらは早くやります。ここは田舎の裁判所とは違う。』等と、被告人及び上西弁護人に向つて荒々しい語気をもつて感情的な言葉を発したのである。そのため、同弁護人は被告人に対し、『この事件について君は随分裁判官の心証が悪いね、』等といつたこともあり、その後同弁護人は同裁判官のかかる態度をおそれ、弁護人として職責を全うすることができないと観念して辞任した程で、被告人としても、右裁判官の態度にいたく不安と恐怖を感じた次第である。このことは同裁判官が被告人に対し敵がい心を持つて感情的な審判をしていることを示しているもので、不公平な裁判をする虞があるものといわなければならない」旨の主張に対し、「上西弁護人や被告人に申立人等主張のような事実があつたとしても、それは同人等の単なる主観の問題であつて忌避の原因にはならぬ」旨判示したものであるが、『こんな事件に三年も四年も延ばしているんだが、こんなにかかる道理がない。こちらは早くやります。ここは田舎の裁判所とは違います。』と荒々しい語気をもつて感情的な言葉を発し上西弁護人が裁判官の態度に畏怖し到底職責を全うすることができないと言つて辞任した事実は、明らかに同裁判官が本件につき予断を懐いており、公平な精神的態度を欠いたものと認定し得べき合理的の根拠である。なお、併合した福井事件については小田裁判官は全然審理及び証拠調をした事跡がないにもかかわらず『こんな事件に三年も四年もかかる道理がない。ここは田舎の裁判所とは違う』旨いつているのであるから、このことからしても、同裁判官が事件を調べる前に既に有罪の予断をもつており、不公平な裁判をする虞があると見るのは理の当然である。何となれば。およそ事件は相当証拠調をした後においても全部の証拠調を経なければ結論は出てこないからである。原決定は、この法律上最も重要な事実につき判断を示さず、単に被告人や弁護人の主観的判断に過ぎないものとしているのであるから、これは法律の解釈を誤り、事実を誤認したものと云わなければならない。

又(三)原決定は、申立人等の本件忌避申立理由の第二である、「小田裁判官は、同事件の第四回公判期日(昭和二十八年四月十四日)において、検察官請求の証人梅村信則の供述が事実に反していたので、被告人が反対尋問をしたのであるが、被告人が二、三問を発した際、『ごたごたわからんことを』と小声でいい、次いで、『素人の尋問はお断りする。』と、怒気を含んだ言葉で右反対尋問を禁止してしまつた。同裁判官のかかる処分は裁判官をして公平な、裁判をさせ、又被告人に対し証人を尋問する機会を十分に与えるべきことを要求している憲法第三十七条を無視し、刑事訴訟法第三百四条第二項をじゆうりんしたもので断じて許さるべきものではない。裁判官は刑事訴訟法第二百九十五条の規定に該当する不相当な尋問を個々的に制限することができるのみであつて、尋問の内容も聞かずにこれを禁止するが如きは、新刑事訴訟法下における我が裁判史上その例を見ないところである。これは同裁判官が当初から有罪の予断をもち真実発見に努力すべき公正な態度を欠如しているものといわなければならない」旨の主張に対し、「第四回公判期日において申立人等主張のような事実があつたことは推認することができ又憲法第三十七条の趣旨が所論のとおりであることはいうまでもないが」と判示しながら、被告人本人の尋問を禁止したことは違法でないと断定している。しかし小田裁判官の該行為は憲法第三十七条の保障した被告人の権利を裁判官自からじゆうりんしたものであつて、原決定もこれを認容した。これは断じて承服できないところである。いうまでもなく刑事訴訟法第二百九十五条は、被告人の個々の尋問を個々的に制限し得ることのできる旨を定めたものであつて、被告人の証人に対する尋問を総括的全面的に禁止し得ることを定めた規定ではない。然るに原決定は、被告人の尋問禁止の重大処分を極めて軽視し憲法違反の解釈をしている。問題は小田裁判官が個々の尋問を個々的に制限したのではなく、『素人の尋問はお断りする』といつて、総括的に被告人の尋問を禁止したこと自体にあるのである。然るに原決定は問題の所在を誤り、漫然不相当な尋問のみを禁止したものと認めたのであつて、これは独断であり、事実を誤認したものである。又(四)原決定は、申立人等の忌避申立理由の第三である「更に小田裁判官は、同事件の第五回公判期日(昭和二十八年四月二十八日)において、検察官請求の証人白浜隆三の供述がでたらめであつたので、被告人において反対尋問をしたが同証人が黙していたので、続いて同一事項について念を押すような尋問をしたところ、『押しつけがましくいうな。時間だから退廷する。』と、云つたまま次回期日の打合せはもちろん、同証人に対する反対尋問続行についての措置をとらずに午後四時五十三分に退廷し、もつて被告人の同証人に対する反対尋問を事実上禁止してしまつたのである。この事実も前同様同裁判官が公正な態度を欠如したものというべきである」との趣旨の主張に対し、「第五回公判期日において同裁判官が所論のような発言をしたとのことは、これを認めるに足る資料がない」旨判示したのであるが、そうなれば申立人等主張どおりのことをいつた旨を調書に記裁しなかつた裁判所書記官の職務け怠の責任を云為しなければならないのであつて、たとえ調書にその記載はなくとも、その事実のあつたことは上申書で疏明のとおりである。又原決定は「仮に所論のような事実があつたとしても、米岡弁護人に反対尋問の機会を十分与えている上、被告人本人の反対尋問を禁止した場合に異議の申立もなかつたから、その禁止は違法とは認め難い。」ともいうのであるが、我が刑事訴訟法は英米法の如く異議制度を採用していないのである。然るに原決定は我が訴訟法が異議制度を採用しているものと解し、当時異議を申立てなかつたから後になつて裁判官の態度を非難することは許されないのであつて、これは法律を誤解し裁判官の訴訟指揮権を理解せざる暴論である。およそ裁判官の有する訴訟指揮権は、憲法、訴訟法及び訴訟規則に直接間接違反しない限度において適法に行使せらるべきもので、漫りにこれを行うべきものでないことは当然である。被告人の証人に対する反対尋問権禁止処分は憲法第三十七条違反の処分で、その違法であり訴訟指揮権の濫用であることは、何人も異論のないところといわなければならない。

更に(五)原決定は、申立人等の忌避申立理由の第四である、「小田裁判官は、同事件の第六回公判期日(昭和二十八年五月八日)において、検察官請求の証人坂本高士に対し、当時の主任弁護人であつた米岡弁護人が反対尋問を為し、続いて柏原弁護人が同証人を尋問しようとしたところ、『本件については主任弁護人以外の発言は今後禁止します。』と宣言した。刑事訴訟規則第二十五条第二項によれば、主任弁護人以外の弁護人は裁判官の許可を得なければ尋問することができない旨規定されていることはもちろんであるが、この条項は刑事訴訟法第二百九十五条の精神に則り不相当な個々の尋問に対して許可不許可を決定することができることを規定しているのみであつて。許可権を濫用して主任弁護人以外の弁護人の発言や事前に全面的に禁止するようなことは絶対に許さるべきことではない。そして同裁判官のかかる処分は、主任弁護人以外の弁護人の最終陳述権をも禁止したことになつて、弁護権の行使を不能にすると共に、被告人の防禦権をも侵害したものといわなければならない。これは要するに同裁判官が事件について予断をもつていることから実体を究めずに事務的に処理しようとしていることを示すものといつてさしつかえないと考える」旨の主張をしたのに対し、主任弁護人以外の弁護人の尋問を禁止したことは認めており、申立理由においてもこれを認容しているようであるが結局においては申立理由がないといつているのである。しかし本件は否認事件である。弁護人は二人で当日二人の弁護人が出廷したままである。法律上多数という文言に該当するかも知れないが否認事件で相当複雑な事件の場合二人の弁護士がつく事例は極めて多いのである。原決定は、「柏原弁護人に検察官が取調を請求した証拠書類や訴訟記録を閲読したと認められるような状況がなかつたことから、不相当な尋問をする虞があつたことを理由として許可を与えなかつたことは、妥当を欠くものといわざるをえない」旨判示し、申立人等の主強を一応認めておりながら後段において、「主任弁護人に十分反対尋問の機会を与えていることが明白であるから主任弁護人以外の弁護人の尋問を禁止したことは直ちに不公平な裁判をする虞があるものとはいえない」としているのであるが、これは全く自己むじゆんの論理である。裁判は理論ではなく事実である。僅か二人の弁護人の場合、主任弁護人が反対尋問をしても、複雑な事件の場合には、被告人の完全な防禦権を行使するためには、他の一人の弁護人の尋問を許し、憲法第三十七条に定める被告人の権利を十分行使させるのが裁判官の義務である。柏原弁護人は本件について検察官の証拠調を請求した各証拠及び訴訟記録は、米岡弁護人においてこれを謄写していたので、事前にこれ等を全部調べており、五月七日には米岡弁護人及び被告人と共に会合して事件の説明及び翌五月八日の公判に尋問せられる各証人につきその各尋問調書に基き被告人の説明をも聞き又その後更に単独で各証人が捜査官になした記録を読んで調査し、翌日の公判における各証人の反対尋問を十分準備していたものである。然るに小田裁判官は、同弁護人が証拠書類や訴訟記録を閲覧したと認められるような状況がなかつたことから独断し、上記の如き処置に出たものであつて、これは前に弁護人がついている事実及び主任弁護人が記録を謄写していることを忘却した結果によるものとしか思えない。殊に「不相当な尋問をする虞があつた」というが如きは、単に弁護士を侮辱するというだけの問題ではなく、被告事件について証人が被告人にとつて不利益な供述をした部分について十分な反対尋問をさせないという作為処分である。裁判官が被告人の本質的権利を侵害し憲法をじゆうりんし有罪の予断を持つているといわざるを得ない。主任弁護人以外の弁護人が尋問した事項そのものが不相当である場合、これを個別的に制限し得る権限はあつても、尋問事項を全然きかないで尋問前に弁護人が不相当な尋問をすると独断し、弁護人の発言を全面的に禁止するが如き行為は明らかに有罪の予断を持ち不公平な裁判をする虞があるものといわなければならない。更に原決定は、「申立人等は柏原弁護人の最終陳述権までも禁止したことになると主張するが、そのような虞のないことは刑事訴訟規則第二十五条第二項但し書の規定により明白である」旨判示しているが、小田裁判官はこの明白な条文をもじゆうりんし、訴訟指揮権の名において弁護人の発言を全面的に禁止したものである事実を直視しなければならない。『本件については主任弁護人以外の発言は今後禁止します。』といつた小田裁判官の行為は、右規則第二十五条第二項但し書の規定に反し弁護人の固有権をも侵害したものである。問題は理論ではない。小田裁判官がかかる条文までも無視して弁護人の固有権をじゆうりんした精神的態度が事実として存在したかどうかの問題である。この事実があると認められる以上同裁判官に不公平な裁判をする虞があると認めるのは当然である。

以上各事実をも裁判官忌避の原因とならないものとするならば、刑事訴訟法で定められた裁判官忌避制度は全く空文と化すおそれがある。冷静に事実を正視すれば何人をして被告人の立場に立たしめるとしても、かかる場合裁判官に不公平な裁判をする虞があると思料される。然るに原決定は申立人等の主張をある程度認容するが如き口吻を示しながら結果においてこれら事実をもつてしてもなおその虞がないと独断しているのであつて、これは事実を誤認し憲法及び刑事訴訟法、同規則等の解釈を誤つたものであり、その違法であること極めて顕著である。被告人本人の尋問を禁じたり、弁護人の尋問を全面的に禁止したことは我が国法廷においてその例があつたであろうか。裁判官は冷静であると同時に法に忠実であらねばならない。原決定は申立人等の主張を認容しているが如き香気を出しながら結局これを否定したものであるから、原決定の取消を求めるため本件抗告に及んだ次第であるというのである。

よつて先ず抗告人等の本件忌避申立の適否につき按ずるに、刑事訴訟法第二十一条には「裁判官が職務の執行から除斥さるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる。弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。但し、被告人の明示した意思に反することはできない。」と定めており、更に不公平な裁判をする虞があることを理由とする忌避申立の場合について、同法第二十二条には、「事件について請求又は陳述をした後には、不公平な裁判をする虞があることを理由として裁判官を忌避することはできない。但し、忌避の原因があることを知らなかつたとき、又は忌避の原因がその後に生じたときは、この限りでない。」と規定している。けだし、不公平な裁判をする虞があることを理由とする裁判官の忌避申立についてのみかかる制限を設けたのは、除斥原因あることを理由とする忌避申立には、その性質上、申立時期について制限を設けるべきではないが、不公平な裁判をする虞があることを理由とする忌避申立については、その濫用防止のため時期の制限を設ける必要があるためである。従つて、右刑事訴訟法第二十二条の趣意とするところは、申立権者において被告事件の実体に関する「請求又は陳述」をしたときは、その裁判官の実体的審理を受けることの暗黙の容認があるものと認め、それ以後はもはや不公平な裁判をすることを理由とする忌避申立はこれを許さないものとするにあるものと理解すべきであるから、被告事件の実体に関する証拠調の請求、訴因訂正の申立、右請求又は申立に対する同意不同意、或いは異議なき旨の意見の陳述はもちろんのこと、その採用された証人に対する尋問、反対尋問等の如きも全て右にいう「請求又は陳述」に当るものと解しなければならない。

ところで本件について考えて見ると、申立人等の本件忌避申立理由の第一は、「小田裁判官が申立人等主張事件の第一回公判期日(昭和二十八年二月十日)において次回期日を指定しようとした際、弁護人上西喜代治が事案が複雑であるので、意見として『福井事件について大橋弁護人と打合せをしたいと思うので一個月程先に期日を指定されたい』旨申し述べたところ、同裁判官は、『こんな事件を三年も四年も延ばしているんだが、こんなにかかる道理がない。こちらは早くやります。ここは田舎の裁判所とは違う。』等と、荒々しい語気で感情的な言葉を発したのは同裁判官に不公平な裁判をする虞がある」というのであるが、記録を精査すると、同裁判官に右の如き忌避原因のあつたという右第一回公判期日以後の同事件の(一)第三回公判期日(昭和二十八年三月十七日)には、被告人及び弁護人米岡弘泰が各出頭し、被告人等において検察官申請の会社登記調査方回答と題する書面外一通の書面に対し証拠とすることに同意の旨を又丸山登美雄の供述調書外七十通の供述調書に対しこれを証拠とすることに不同意の旨の各意見を陳述したので、同裁判官は右同意のあつたものについてはその証拠調を為し、不同意のものはこれを却下し、更に検察官申請の証人丸山登美雄外四名の証人申請につき被告人等に異議がなかつたので、同裁判官はこれを採用し又(二)その後のその第四回公判期日(昭和二十八年四月十四日)にも、被告人及び弁護人米岡弘泰が各出頭し、証人丸山登美雄外三名に対し弁護人或いは被告人から各反対尋問を為し、又検察官請求の証人佐藤丑男外十四名の証人申請について被告人等に異議がなかつたので、同裁判官はこれを採用し、なお又、検察官から被告人に対する昭和二十八年二月三日附追起訴状(京都地方裁判所昭和二十八年(わ)第七〇号詐欺事件追起訴状)添附の一覧表中(二)の被害者倉田仲一に関する事実中八月十四日の二百袋とあるのを二百五十袋と訂正する旨訴因訂正の申立があつたのに対し、被告人及び弁護人は異議のない旨陳述し、更に(三)その後のその第五回公判期日(昭和二十八年四月二十八日)にも被告人及び弁護人米岡弘泰が各出頭し、証人佐藤丑男外五名に対し弁護人或いは被告人から各反対尋問を為し、又更に(四)その後のその第六回公判期日(昭和二十八年五月八日)にも被告人及び弁護人米岡弘泰(主任弁護人)、柏原弁護人が各出頭し、米岡弁護人は証人坂本高士外三名に対し反対尋問を為し、又検察官申請の甲第四十二号添附の一覧表(昭和二十七年十一月十二日附橘高円一郎作成名義の帳簿写)につき、これを証拠とすることに同意したので同裁判官はこれを採用の上証拠調を為し、更に検察官から証人定金弘の証拠調の請求があつたのに対し異議がなかつたので、同裁判官においてこれを採用した事実が各認められる。

次に申請人等の本件忌避申立理由の第二は、「小田裁判官は同事件第四回公判期日(昭和二十八年四月十四日)において、検察官請求の証人梅村信則の供述が事実に反していたので、被告人が反対尋問をしたのであるが、被告人が二、三問を発した際、『ごたごたわからんことを』と小声でいい、次いで、『素人の尋問はお断りする。』と怒気を含んだ言葉で右尋問を禁止した。右の如きは同裁判官が有罪の予断を懐いているからであつて、不公平な裁判をする虞があるものである。」というのであるが、記録を精査すると、同裁判官に右の如き忌避申立原因があつたという右第四回公判期日においてもその直後において米岡弁護人は証人浅田平太郎及び倉田仲一に対し各反対尋問を為し、又前叙の如く検察官請求の証人佐藤丑男外十四名の証人申請につき被告人等に異議がなかつたので同裁判官はこれを採用し、更に検察官から被告人に対する昭和二十八年二月三日附追起訴状添附の一覧表中(二)の被害者倉田仲一に関する事実中八月十四日の二百袋とあるのを二百五十袋に訂正する旨訴因訂正の申立があつたのに対し被告人及び弁護人は異議のない旨陳述し、又その後のその第五回(昭和二十八年四月二十八日)及び第六回公判期日(同年五月八日)においても前記(三)及び(四)記載の如く被告人、米岡弁護人、或いは柏原弁護人等が各出頭の上、証人に対する各反対尋問、検察官申請の書証につきこれを証拠とすることの同意等を為していることが各認められる、

又申請人等の本件忌避申立理由の第三は、「小田裁判官は同事件の第五回公判期日(昭和二十八年四月二十八日)において、検察官請求の証人白浜隆三の供述がでたらめであつたので、被告人において反対尋問をしたが、同証人が黙していたので続いて同一事項について念を押すような尋問をしたところ、『押しつけがましくいうな。時間だから退廷する。』といつたまま次回期日の打合せはもちろん、同証人に対する反対尋問続行についての措置をもとらずに退廷し、被告人の同証人に対する反対尋問を事実上禁止した。これは同裁判官が公平な態度を欠如し不公平な裁判をする虞があるものである。」というのであるが同裁判官に右の如き忌避原因があつたという右第五回公判期日以後のその第六回公判期日には、前記(四)記載の如く、被告人、米岡弁護人或いは柏原弁護人等が各出頭し、米岡弁護人は証人坂本高士外三名に対し各反対尋問を為し、検察官申請の書証につきこれを証拠とすることの同意を為している等のことが認められる。

又申立人等の本件忌避申立理由の第四は、「小田裁判官は、同事件第六回公判期日(昭和二十八年五月八日)において、検察官請求の証人坂本高士に対し、当時の主任弁護人であつた米岡弁護人が反対尋問を為し、続いて柏原弁護人が同証人を尋問しようとしたところ、『本件については主任弁護人以外の発言は今後禁止します。』と宣言した。これは弁護人の最終陳述権をも禁止し同弁護人の弁護権の行使を不能ならしめると共に、被告人の防禦権を侵害したものであつて、裁判官のかかる処置は事件につき予断を懐いていることを示すもので、不公平な裁判をする虞があるものである。」というのであるが、記録によると、右第六回公判期日には上記の如く被告人米岡弁護人(主任)柏原弁護人等が各出頭し、小田裁判官に右の如き忌避原因があつたという直後において、主任弁護人たる米岡弁護人は証人矢吹寛外二名の証人に対し各反対尋問を為し、又検察官申請の甲第四十二号添附の一覧表につきこれを証拠とすることに同意したので、同裁判官はこれを採用の上証拠調を為し、更に検察官から証人定金弘の申請があつたのに対し異議がなかつたので、同裁判官においてこれを採用した各事実が認められる。

果して然らば、以上の申立人等主張の如き第一ないし第四の各忌避原因があつたという各時期以後において、申立人等は刑事訴訟法第二十二条にいわゆる事件についての各陳述をしているものと認めざるを得ないから、申立人等において右各陳述の当時においてその忌避の原因があることを知らなかつたとも、又その忌避の原因がその後に生じたものとも認められない本件においては、申立人の各忌避申立権は、右陳述と同時にそれぞれ消滅しているものといわなければならない。もつとも、右の場合被告人のなした事件についての陳述によりその弁護人の有する忌避申立権も又その陳述と同時に消滅し、又弁護人のなした陳述により被告人の有する忌避申立権も又同時に消滅するかどうかの問題があるが、弁護人の行う忌避申立権は被告人の明示した意思に反しない限度においては独立して行使することができる代理権の一種である(刑事訴訟法第二十一条、第四十一条参照)と解すべきであるから、被告人の事件についての陳述によりその忌避申立権が消滅すると同時に、弁護人の忌避申立権も又当然に消滅し、又弁護人(主任弁護人たると否とを問わない)の事件についての陳述によりその忌避申立権が消滅すると同時に、本人たる被告人の忌避申立権も又消滅するものと解するのを相当とする。従つて本件の場合、その陳述が被告人により為されたものであると、弁護人(主任弁護人であると否とを問わない)により為されたものであるとにかかわらず、等しくその陳述と同時に各人の忌避申立権は消滅したものと解すべきである。すると、原決定の当否につき一々判断するまでもなく、本件忌避申立は申立権消滅後の時期に遲れた申立であつて、その失当であることもちろんであるから、本件抗告も又その理由がない。よつて、刑事訴訟法第四百二十六条第一項後段により主文のとおり決定する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貫一)

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